大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和46年(ネ)531号 判決

控訴人

今沢一郎

被控訴人

八谷守

右代理人

今泉三郎

主文

原判決中被控訴人関係部分を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し、別紙物件目録記載の建物のうち、一階北側の部分約120.52平方メートル(別紙図面の斜線部分)および三階170.30平方メートルを明渡せ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は控訴人において金一〇〇万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実《省略》

理由

一、控訴人が佐賀地方裁判所昭和四四年(ケ)第四四号不動産任意競売事件の競売により昭和四五年一〇月一六日本件家屋を競落し同年一一月二一日競落代金の支払を完了してその所有権を取得し、同月二六日その所有権移転登記を受けたこと、および被控訴人が本件家屋のうち一階北側の部分約120.52平方メートル(別紙図面の斜線部分)および三階170.30平方メートルを占有している事実は当事者間に争いがない。

二、被控訴人は、昭和四四年九月一日、本件家屋の前所有者訴外三谷清秀から昭和四六年八月三一日まで前記占有部分を賃借していた旨主張するが、その期間が経過した以後における占有権限については何ら主張しないので、右期間の経過後においては、被控訴人は控訴人に対し、本件家屋の前記占有部分を明け渡さなければならない。(右賃貸借期間の満了は、抵当権実行による差押の効力発生後であるから、借家法二条の法定更新を主張できないことはいうまでもない。)

三、そこで、被控訴人の留置権および同時履行の抗弁について検討する。

(一)  まず、控訴人は、被控訴人の右抗弁は時機におくれた抗弁であると主張するので判断するに、たしかに被控訴人の右抗弁は昭和四七年一月三一日の当審第三回口頭弁論期日においてはじめて提出されたものであるが、原判決において認定されているとおり、本件建物部分の短期賃貸借の期間が昭和四六年八月三一日までであることに徴すると、必らずしも時機に後れた防禦方法であるとは認められないので、控訴人の主張は理由がなく、被控訴人の右抗弁について、以下判断することとする。

(二)  被控訴人が買取りを請求すると主張する造作は、当審における証人板谷千秋の証言および検証の結果によれば、建具等の一部をのぞき、その大半は附合により本件家屋の構成部分となつたもので、独立して被控訴人の所有に属するものとは認められないので、買取請求権行使の余地のないものであり、仮りに造作買取請求権を行使し得る造作があつたとしても、造作買取代金債権は造作に関して生じた債権であつて、建物に関して生じた債権ではないから、賃借人はこれをもつて建物の留置を主張したりあるいは建物の引渡債務と同時履行を主張することは許されないと解すべきであるから、造作買取請求権の存否およびその範囲について判断するまでもなく、被控訴人の右抗弁は採用できない。

(三)  被控訴人は本件建物について必要費、有益費を支出していると主張するが、被控訴人が本件建物部分を訴外三谷清秀から賃借したのは昭和四四年九月一日であると主張するところ、当審における証人板谷千秋の証言によれば、本件家屋は訴外三谷清秀との間の請負契約により訴外共立建設株式会社が昭和四三年三月二〇日ごろまでに完成したもので、被控訴人の主張する各工事もそのころまでに竣工し、請負代金も右三谷から右訴外会社に支払われていることが認められ、右認定に反する当審における証人三谷清秀の証言および被控訴本人尋問の結果はたやすく措信できない。

そうすると、被控訴人が本件家屋について必要費、有益費を支出したことを前提とする留置権および同時履行の抗弁は採用できない。

(四)  被控訴人は本件建物部分の賃貸借に当り、敷金八〇〇万円を差入れていると主張するが、敷金は賃貸借から生じる損害填補のため提供されるもので、建物自体との牽連は認められず、賃借人において賃借物を返還したのちに、はじめて敷金返還請求権が生ずるものと解するの相当であるから、敷金返還請求権者には建物の留置権はなく、かつ敷金返還債務と賃借物返還債務とは同時履行の関係に立たないものと解せられるので、敷金差入れの有無について判断するまでもなく、被控訴人の右抗弁は失当である。

四。よつて控訴人の被控訴人に対する本訴請求は正当であるからこれを認容すべきところ、原判決中被控訴人関係部分はこれと趣を異にするので取り消すこととし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(塩田駿一 桑原宗朝 鏡野剛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例